「あの花」「ここさけ」を手掛ける脚本家・岡田麿里の魅力に迫る!

「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(通称・あの花)」や「心が叫びたがってるんだ。(通称・ここさけ)」などの作品を手掛けた脚本家・岡田麿里さん(以下敬称略)。

感情の機微や心理描写を細かく丁寧に表現し、そこから生じる人間ドラマが視聴者の心を魅了して止まない。

さらには女子高生が”性”に対して抱く複雑な心境を描いた「荒ぶる季節の乙女どもよ。」の原作を手掛け、キャラクター間のドロドロとした青春群像劇には定評がある。

今回はそんな岡田麿里の自伝『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』をもとに、脚本家としての彼女の魅力に迫りたいと思う。

経験に基づくリアリティこそが共感を呼ぶ

今回の参考資料として目を通した『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』のタイトルからもわかるように、彼女は登校拒否児だった経歴を持つ。

“いじり”という名の悪意

事の発端はいじめた側の常とう句である「いじりが過ぎただけ」という名のいじめ。

そこからは子供なりに苦労を重ね、様々な理由を付けて学校から遠ざかろうとした日々が始まる。

周囲がもたらす無自覚、あるいは悪意によるレッテル貼りと弄り。

そんないじめられっ子である自分を認めたくないと、頑なに反発するのは経験者ならば誰もが通る道だろう(因みに私も経験者だ)。

周囲が作り出す”私”

誰がいつからそう決めたのか、空気という無言の圧力が形成した学内ヒエラルキー。

てっぺんに立つ者は下に居る者を平気で嘲笑い、まるで道端に落ちている石ころのように、ただ目の前にある玩具として扱う。

おどおどしているからいじめられる?」周囲の人間はいじめの本質を見極めようとせず勝手に決めつける。

本来なら教師から差し伸べられるはずだった一筋の光は、意味をはき違えさらに彼女を追い込むこととなる。

しかし完全に孤立したわけではなかった。少なからず理解者や同じ境遇に置かれた友人が存在し、根本的に問題を解決するわけでもないが、ただ彼女を問題児として見ないことで、精神的に救済されることもあるのだ。

その一方で自身と同じ境遇ながらも、皆から愛される立場の者とそうでない者に分けられる。

自分の居場所であり心を許せる存在。そんな友人に向けた羨望の眼差しが、「何で私だけこんな目に・・・」と、次第に嫉妬へと変貌してしまうのも自然なことだろう。

周囲が作り出した私のキャラクター。それさえ演じていれば平穏な生活が脅かされる心配はない。

しかし徐々に精神面は削られていき、いずれ自己の崩壊を招く。

腫れ物扱いと弄られる対象。楽なのは一体どちらなのだろう。

母もまた、傷ついていた

家に居れば母親と過ごす時間が必然的に増え、罵詈雑言は日夜エスカレートしていく。そんな母が気にしているのは世間からの評判

外に一歩でも踏み出せば好奇な視線を向けられ、小さな話し声が全て自身の噂話に聞こえる被害妄想。

あそこの娘さん引きこもりなんだって」そんな井戸端会議が2人を追い詰める。母親も異なる方向から傷つけられていたのだ。

しかしそんな母親も辛い過去に生きていた。

娘に対して「恥ずかしい」という思いを抱いたのは自身へのコンプレックスの現れ。

母親に罵詈雑言を浴びせられている時は良いが、ふと優しさに触れた瞬間に覚える罪悪感。

引きこもりに対する後ろめたさというのはどこまでも付いてくるのだ。

絶望の中で見つけた外の世界との繋がり

高校入学と同時に新たな環境に置かれても「ありのままの自分を受け入れてほしい」という思いから、彼女の人間性に大きな変化はなかった。

しかし高校で出会った教師は今までの教師と違っており、作文という形で外の世界と繋がることを教えてくれた。

変に浄化していない感情を書いた方が面白い」彼女の作文に対し、このようなコメントを残してくれた。

つまりそれは「ありのままの自分を受け入れてくれる」ということに他ならない。

ようやく出会えた”夢”

自分のやりたい事に一歩近づけたゲームの専門学校。

当時はオタクカルチャーに対する理解がなく、自分の趣味に葛藤を抱いたり、もしくはその逆で現実に葛藤があるからこそ趣味に没頭した人たちばかりが集まっていた。

そこでシナリオライターという夢と出会う。

岡田麿里が各作品に込めた想い

引きこもりだったじんたんが近所の目を気にするのは私の経験です。」彼女の自伝の帯には、このような言葉が綴られている。

自伝を読み進めていく中で、彼女自身の経験をもとに様々な想いや願いを作品に詰め込んでいると記されていた。

そこで彼女の代表作として名高い「花咲くいろは」「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」について。

本作に綴られていた制作秘話を紹介していきたいと思う。

母親への理想を込めた「花咲くいろは」

花咲くいろは

アニメ「花咲くいろは」キービジュアルより画像引用

母親の夜逃げをきっかけに、祖母が営む旅館「喜翆荘」の仲居見習いとして働くことになった女子高生・松前緒花の輝く日常を描く物語。

岡田麿里にしか書けない脚本」として、アニメオリジナル作品である「花咲くいろは」を担当する。

本作の主人公である松前緒花は、皐月という母親に人生を振り回される。シングルマザーで彼氏がしょっちゅう変わるヘビースモーカー。

しかし彼女は「腕一本で生き抜く力」を持っていた。破天荒な性格は逆境を跳ね除け、周囲の目を気にせず外の世界へと歩んでいく。

まさに岡田麿里の「母親にはこうであって欲しい」という願いが反映されているのだ。

アニメの美しさに同居する現実「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」キービジュアルより画像引用

とある出来事をきっかけにバラバラになってしまった幼馴染たちが、めんまのお願いをきっかけに再び集まりはじめる物語。

今となっては「あの花の聖地は秩父」と、アニメファンなら多くの方が知っている情報が、当初の岡田麿里はそのことを隠しておきたかったようだ。

一度は逃げ出した場所としての複雑な思いもあり、何より「秩父の登校拒否児が、秩父を舞台に登校拒否時代を描いた」となるのが、寒すぎて卒倒しそうだと語っている。

しかし「あの花」の舞台となる場所には、ざっくりとした理想像が出来上がっていた。

それは思春期のジレンマがくすぐられる場所。何かをしたい。何かができるような気がして、結局は踏み出せないでる場所。

それは紛れもない、かつて彼女が感じた閉鎖的な秩父を指していたのだ。

そして「あの花」には岡田麿里が本当に書きたかったものが詰め込まれている。

それが登校拒否児が主人公の物語

アニメの美しさに同居する現実

つまりは登校拒否児がキャラクターとして魅力的に成立するのかということ。

思春期の友情」をテーマに置きつつも、主人公のじんたんを通してそれを描いてみたかったと綴っている。

「じんたんは私の経験」最初にこう紹介したが、「あの花」の制作に携わった長井龍雪監督と田中将賀氏によると、岡田麿里を本作のキャラクターで例えると「ゆきあつ」だと語っている。

今はもういないはずの過去に囚われて、その過去を持ちだし作品にしようとする。

めんまになりきって極限まで追い詰められて・・・そして自分のことを理解してくれる仲間たちに出会う。

まさしく彼女が歩んできた脚本家人生そのものだろう。

ずっと学校を休んでいたじんたんが、玄関の扉の前に立った時の躊躇いや緊張感が強く描かれるシーンがある。

そのシーンで特徴的なのが、背後から受けるめんまの視線。

これは紛れもない岡田麿里自身が感じた、母親の気配そのものだったのだ。

ただ叫びたいという欲求の現れ「心が叫びたがってるんだ。」

心が叫びたがってるんだ。

アニメ「心が叫びたがってるんだ。」キービジュアルより画像引用

幼い頃、何気なく発した言葉により家族を引き裂いてしまった少女・成瀬順をはじめとした、心に傷を負う少年少女たちの叫びを描く物語。

超平和バスターズのスタッフが再び。

「誰かに合わせよう・・・」現場の人との衝突を避けて脚本を書き続ける日々。

そんな当時の彼女の気持ちが、作中で描かれるミュージカルの歌詞に現れている。

言い争いにより精神をすり減らし、企画が座礁することを恐れ、意見を口にしなくなった。

果たしてそこには「岡田麿里が本当に書きたいもの」が存在していたのだろうか。

このような制作現場で生じた悩みや葛藤が「ここさけ」には反映されているのだ。

そして「心が叫びたがってるんだ。」このタイトルに込めた彼女の想い。

誰かに対して何か明確なものを叫び、ぶつけたいわけじゃない。

胃の中に沈殿した名前のない塊のようなものを吐き出したい

ただ叫びたいという欲求の現れ

吐き出すことで、きっと何かが吹っ切れる。

そうやって立ち止まる人は重い一歩を踏み出していけば良いのだ。

【最後に】アニメは皆で作っている

アニメは皆で作っている。スタッフもファンも同じように喜び・悲しみ・苦しむ。だからこそ、同じ幸福感を味わうことができるのだ。

自伝の中にはこのようなことも書かれていた。

スタッフたちが熱い想いやメッセージを込め、多くの人の力を合わせて1つのアニメを作り上げる。

そしてスタッフたちが込めた想いやメッセージを、ファンである私たちが自分たちなりに受け取り咀嚼する。

作品がもたらす喜びや悲しみは、私たちの人生経験となり、時には苦しい状況から救ってくれることだってある。

今回のように作り手のことをより深く知ることで、1つの作品に対しても、また異なる発見や楽しみ方が出来るかもしれませんね。

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